モンゴルに行きたくて。
オードリーのオールナイトニッポンで若林がモンゴルにいった話を聞いて、僕もモンゴルに行くことにした。
僕は今まで旅行先に着いて、その土地の空気を吸い込まないと自分が本当に行きたいところはわからないと計画もロクに立てず、行ったことがなくて予算的に問題がなさそうなところを旅行先に決めて飛行機と宿だけとって、旅行をしていた。
(その方がなんかかっこいいと思っていた。)
ほんとは計画を立てるのがめんどくささ、行ってみればなんとかなるでしょと思っていたことが一番大きい。
だけど若林のモンゴル旅行の話を聞いてから、本当に行きたとこをちゃんと選んで、旅行前に色々調べてその場の想像をしてから、そこへ行って現実を見ること方が濃い旅行になるだろうし面白そうだなと思わされた。
そして5月の10連休どこにいくか真剣に考えようと思った。
どこに行けば、面白いか。ただ面白いだけでなく、今後の人生に深く残るような旅行にできないか。今しかできない旅行はできないか。本当に今行きたいところはどこか?
いろんな国があるぞ、もう10連休なんてないかもしれないぞ。
そうやって考えた結果、モンゴルいいな。オールナイトでの若林のモンゴルの話、めっちゃ面白かったし、草原、砂漠行きたい。馬乗りたい。
遊牧民の家に泊まらしてもらいたいな。
砂漠と草原に囲まれている人たちの考え方ってどんなだろうな。
ゲルで移動しながら暮らしている人たちの常識と普通に日本で暮らしている人たちの常識は違うだろうな。色々話を聞いてみたいな。
めちゃめちゃ面白いだろうなと思うようになってきた。
まだ、お金がなくて給料日まで飛行機は取れないが、モンゴルにいくことに決定した。
今までの僕にしてはネットでいろんなところを検索したりしたが、正直まだネットと地球の歩き方モンゴルをさらっと見ただけだ。
今回は旅行までの期間、5月までの期間にまるで、もうモンゴルに行ったことがあるんじゃないかというレベルまで調べ、想像する。
そして本気でモンゴル旅行を楽しむことにする。
その前に旅行にいく前から最高に楽しむ。
兄ちゃんがマンションを買った。
建築士を志す人の多くが、将来、自分の家を建てたい、兄弟や友達の家を建てたいと思う。
僕も例外なくそう思った一人だ。
建築士を志した時に、自分の家も兄弟も友達も何なら憧れている、本田圭佑の家を建ててやると強く思っていた。
専門学校で3年、就職して3年建築を学んでいるが、現在、家を建てたいと思っても建てられる状況にはない。
ほんと自分の理想とは全然違う状況になっている。
今の仕事状況はコンビニをひたすら設計をするというものだ。
そんな仕事内容、自分の勉強不足の両方により僕は今家を設計する実力がない。
兄ちゃんは昨年の11月に結婚した、結婚式の時に二人の家を建ててと言われて、僕は兄ちゃんにそう思われていたことの嬉しさと、今の僕の実力のなさによる難しさの2つの感情が混ざって、照れてつつ、何も答えられず、ニヤニヤするしかなかった。
それから数日後に電話で、家建てれる?
と聞かれ今は難しい。できない。と答えた。
その時はできないと答えた悔しさもあったけど、兄ちゃん早いよ。まだ28歳なんだからと思っていた。
でも、それから数ヶ月たった今日、マンションを買ったよと連絡があった。
2歳しか変わらない兄が何千万の買い物をした凄さと行動力、大人としてすごいと心から思った。
同時にこの建築をやると志した時のことを思い出した。
あの時、すごいものを作ってやろうと生意気に思っていた時を、みんなの家を建ててやると思っていた時を。
そして自分が目標を達成できなかった悔しさが出てきた。
僕の目標は1つ達成できなかった。6年間の努力が足りなかった。建築士として働いとけば、家を建てれるわけじゃない。すごいものを設計できるわけじゃない。
僕の努力が足りなかった。
今後またこの悔しさを味わない為にどうすればいいのか。
まずは仕事をしっかりやることだ。(異動願いの出しやすさのため)
今はコンビニ部署だが、来年もこの部署なら異動願い、もしダメならやめるしかないだろう。それまでの間は仕事以外の時間で自分で学ぶしかない。
兄ちゃんが買ったのはマンションだ。もし僕が将来いいものをつくり続けていれば、マンションを貸して、僕に家を作って欲しいといってくれる時がくるかもしれない。
もしかしたら、そういうことがあるかもしれない。だからもう一度建築を志した時を思い出し、努力をしてくしかない。武士が刀を研ぐように、建築の知識、センスを磨いていくことが今後の成果になっていく。
めちゃめちゃ日記的だけれど、昨日は今までで一番ブログ頑張ったからこういうのを書いてもいいと勝手に思っている。
建築を志すみなさん互いに頑張りましょう。めちゃめちゃ若手より。
Nakamura Shinsuke なんなんだ? 狂気、不穏。いいから見てみればいい。
いかれてる。
誰もが思うはずだ。
Nakammura Shinsukeという日本人の教祖の下に教祖を見つめ大声で叫ぶ何万人の外国人の姿を見て。
やべっちFC、中村憲剛のゴールパフォーマンスは今年はNakamura Shinsukeのイャオをやるらしい。Nakamura Shinsuke ? イャオ?
プロレスに関しては無知だから、全然知らなかったが1度本物を見ようとyoutubeを見たらビビった、もう何か狂気じみたものを感じた。
3分ほどのプロレスの入場シーン。何度見てもよくわからない。
バイオリンを引く黒人、マイケルジャクソンのような出で立ちでロン毛の指揮者のようなダンサーのような何か表現をしているいかつい男、そのいかつい男に眼差しを向け、狂ったように叫ぶ何万人の外国人。
なんども言うがよくわからない。意味がわからない。でも、強烈に引き込まれる。
何かすごいことが起きている。1人の日本人が異国の地でとんでもないことをやっている。
こんなことを言うと表現できないことから逃げているのかもしれないが、
とにかく見たらわかる。
誰もが思うはずだ。何だこれは、わからないけれど、すごいと。
Nakamura Shinsuke、黒人のバイオリニスト、観客、その映像、もう全てがいかれている。とにかく見てくれ。見ればわかる。
なぜ旅をするのか。
なぜ旅をするのか。
村上春樹の辺境・近況の中で
自分の目でその場所を見て、自分の足でその地面に立って、自分の手でそこにあるものに触りたかったのだ。
実際にそこに行ってみないと納得できないし、落ち着かないのよ。
そんな言葉が出てくる。
旅をしている人にそう言われれば、なるほどそういうもんなんだなと大概の人は思うんじゃないかなと思う。
僕はどうだろう。
20歳の時ヒッチハイクで東北まで行って、21歳の時自転車で四国を回ったことがある。
なぜそんなことをしたんだろうと思うと、
やらないで数年後やったことがあるひとに会うとやってみれば良かったと後悔しそうだなという感覚と、
今しかできないだろうという感覚があった。
こういうと語弊があるかもしれないが、ヒッチハイク、自転車旅も世間的にOKな年齢制限があると思っていて、あまり変な目で見られたくないという気持ちもあったから。数年後やりたくてもその年ならちゃんと働きなよとか言われたら足が動かなくなるだろうと思い、今しかないとそこまで前向きな感覚ではなく、どちらかというとこういうことやっとかないと人生つまらないかもなという微妙な感情で旅を取り組んでいた。
あれから、3.4年経ったけれどあの時の経験が生きているかというとほとんどない。
でもやっている最中は苦しかったりする場面もあったけれど、面白かった。だからやって良かったなと思う。
最近旅にいくことに対して意味あんの?と質問していきて、うまく答えられなくて、
何もねえじゃんとマウントとられて、そのことがムカついて、何日間かお前は何か意味あることやってんのかよと悶々と心で悪口を言っていた。
でも今はこう言える。
興味がある行ったことがないところに身を置いてみたかった。
意味は特にないけれど、楽しかった。
僕はそれでいいんです。
村上春樹の話に戻るけれど、実際に見て、立って、触れて見ないとわからないことがある。もしかしたら何もわからないかもしれないけれど、わからないことがわかったと思えばいい。僕はこういうものには反応しないんだと。
これからも旅をしようと思う。
旅に意味があるのかないのかはどうでもいい。
その場に身を置いてみる。旅しても無駄という人がいても、僕がしたいんだからそれでいい。いろんなとこ行った方が人生面白そうだし。
社会が世間が嫌いなら若林を見ろ。
きっかけはなんだったのかわからないが、数年前からオードリーの若林にハマっている。
笑いたいときにはラジオ、エッセイ、オドぜひの若林を見聞きしている。
ほんとめちゃめちゃ売れていて金も持っているし、お笑い芸人として実力もすごくあるんだけれど、
自分のどうしようもない部分、弱い部分、情けない部分をいくつかの媒体ではさらけ出してくれている。
めちゃめちゃ凄い人なんだけれど、自分と同じように悩んでいてくれている。
人見知りで、他人の目が気になるのに、他人に対して、なめんじゃねえよとなる。
ひ弱な部分と不良の部分が混在している。
人間味がある。全然まっすぐじゃないし、変な人だし、過半数に素晴らしいと表彰されるような存在じゃないけれど、影がある人や、なんか世間とか社会にたいしてよくわかんねけど、ムカついてるような人は若林を見ればいい。
きっと若林の話なら聞けるだろう。
インフルエンサーやら、カウンセリングの医者なんかより優しくて、あったかいけれど、現実的な言葉をくれる。
辛い、苦しい、もうやってらんねえよ。誰もわかってくれねよという時、
そういう時は若林だ。そういう奴に対して絶対若林は味方だから。
Lick-G、T-Pablowこんな生きてる姿を見せられたら。
ラッパーのバトルを見ることが好きだ。
今までの人生やこれからの未来についてビートに合わせて歌い、俺はお前よりかっこいい、俺がナンバーワンだと叫ぶ。そんな姿に熱くさせれる。
22、23歳を超えたあたりからなんとなく自分の才能とかが分かってきて、自分は案外普通だという現実にぶち当たる人は多いと思う。そういう時期になると、夢を見ることや自分を大きく見せることが恥ずかしいと感じてしまい、海外で活躍しているスポーツ選手が夢について語っていたりすると、いやいや違う人間のはなしだしなとか思って、何にも感じなくなってしまう、終いにはうるせえなとか思う時もある。
でも、本当はめちゃめちゃかっこいいし羨ましいなと思ってるけどね。
そんな人生降参状態の僕だけれど、夢見ていいじゃん。他の奴がなんと言おうと俺はやってやるともう一回思わせてくれるのが、ラッパーのバトルを見ている時だ。
同世代のラッパーが特に熱い。
その中でもLick-GとT-Pablowがとんでもない。
どっちもフリースタイルダンジョンで初めて見たけれど、まあかっこいい。吐き出す言葉の数々が軽くない、体重が乗ってる。上を倒して俺が一番になってやるとそのためにこれにかけてる姿に痺れる。
ラッパーから何かもっと得たいし、もっとラッパーについて書きたいからもっとラッパーを知ってもう一回ここで書いてラッパー並みに熱い文章を書いてやろうと思う。
量で圧倒する。
昨日はてなブログで一番になりたいと書いた。
そのためには量で圧倒するしかないだろうな。質はもちろん大事なんだろうけれど、量の後に質がくると思うから。
‥.....書くことがない。自分の中から吐き出したい言葉がない。こんな調子で一番とほざくこの厚かましさが僕のいいところだろう。きっと。ロクでもないけれど。
でも、村上春樹も確か書きながら考えると言っていたから、とにかく毎日パソコンに向かっとけば考えてそれを文章にできるようになるんだろう。
そうだ、村上春樹のことを書こう。
19歳から読み出して、その時は面白い人だなという感じで終わっていたが、21歳の時に友達に村上春樹の本を貸して読んだ友達がこんなやばいやついるのか、天才で変態だなとがっつり友達がハマって、それにつられて僕もその時からハマった。
僕たちは村上春樹に人生の教えていただくような感じで読んでいた。
女性に対しての口説き方、抱き方。
お酒の飲み方。
口癖。
この3つはかなり真似して面白かった。
飲み屋で女の子と飲んでいる時に、村上春樹が女性に言っていたことをいかにナチュラルに使えるかを競っていたし、女の子をバーに連れて行って、カティーサークを頼んで、船が好きなんだとも言ったこともある。構わないよ。あるいははもう僕たちの口癖だった。
あの時21から23までの間は村上春樹に犯されているかのように、春樹になりたがっていた。
もうあの時みたく、作家にハマるようなことはできないだろうなと思う。僕の青春だろうな。村上春樹は。
ああいう文章はかけないだろうけれど、でも何か思春期の人に、中二病と言われている人の心にぶつかるようなことがかければいいなと思う。
何か現実を分かったような人よりも、もがき苦しんでいる人に響くものがかけないかな。そんなこと言っている僕がまだ、何も見えていなくてもがいているんだけれど。
少しずつ積み上げよう。もっと書いていこう。